会社法務

退職者に競業避止義務・秘密保持義務を課す合意書のポイント

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 退職した社員が、会社と競合するビジネスを始めてしまうケース(競業)は、あなたが思っている以上に数多く起きています。また、この競業行為の典型は、在職中に知り得た会社の機密情報(重要な得意先の名称、担当者、連絡先等の営業秘密等)を使って、例えば、従前の取引先の担当者に対して営業を仕掛けるという形でなされる場合です。

 このように、退職した社員が在職中の営業秘密を用いて競業行為を行うケースについて、我々がご相談を受けることは非常に多いのですが、退職に当たって、当該社員との間で競業行為の禁止、及び秘密保持に関する合意書を作成していなかったという事例もこれまでにいくつかありました。

 退職に当たって競業行為の禁止等に関する合意書を作成していなかった場合であっても、競業行為を止めるための方法はあるのですが、合意書があるのとないのとでは、会社にとっての負担が大きく異なり、競業行為の禁止等に関する合意書を作成していれば、当該退職社員と交渉をするに当たっても、また、仮処分や訴訟等で決着をつける場合であっても、会社にとって非常に有利になります。しかし、合意書を作ればよいというものではなく、作成するとしても、交渉ないし訴訟等で十分使える内容にしておかなければなりません。

 退職者が営業秘密を利用して、競業行為を行い、会社に対して損害を与えることを事前に予防するため、訴訟においても会社にとって有利となる合意書作成のポイントがはっきりと分かるように記事を書きました。ぜひ参考にしてください。

1、退職に当たって、競業避止義務や営業秘密保持義務の合意書を作成していないとどうなるか?

1-1 競業行為を禁止する合意がなければ原則として、競業行為を差し止められない!

 まず、原則として、会社を退職した従業員は当然には競業避止義務を負うわけではありません。その根拠は、社員の職業選択の自由を尊重することにあります。すなわち、社員は退職後も生活をしていかなければならず、その糧を得るためにどのような職業を選択するかは基本的には個人の自由であり(職業選択の自由)、競業しないことを自ら約束(誓約書、就業規則、個別の合意書等)しているような場合でなければ、競業を禁止するべきではないという、発想に基づくものです。

 競業行為を禁止するには、退職に当たって合意書を作成しておくことが最初の出発点となっていることは、裁判例でも確立した考え方となっており、まずこの点を理解してください。
 もっとも、このような合意書を退職時に交わしていても、実際に訴訟により差止等が認められるのは、従業員の地位や実際の行為を踏まえて例外的な場合です。しかし、抑止的な効果があることは間違いなく、また、合意書を作成しておかなければ交渉(仮処分等の裁判所の手続を利用しての和解)を進めることも難しくなります。そのため、やはり、あなたの会社にとって重要な従業員や役員が退職する場合には、競業行為を禁止する合意書の作成を検討する必要があるのです。

 退職に当たって競業を禁止する合意書があることを前提に、実際にこれに違反する行為がなされている場合にどのように対処すべきかの詳細については、【退職者が競業避止義務に違反している場合の解決法完全ガイド】で解説をしていますので、そちらも併せてご参照ください。

1-2 合意がなくとも退職者は営業秘密保持義務を負うが、合意により明確にしておくべき

 他方、営業秘密等に関しては、退職者との間で明示的な合意がなくとも、労働契約に付随する義務として、退職後も一定の範囲で秘密保持義務を負うと解されています(大阪高裁平成6年12月26日判決等)。

【大阪高裁平成6年12月26日判決】
 
*会社(「控訴人」)の取締役であった者(「被控訴人」)が、在職中に知り得た秘密情報をもとに取引先に対して営業をかけたとして、会社が元取締役に対して不法行為に基づく損害賠償請求をした事例です。

 「従業員ないし取締役は、労働契約上の付随義務ないし取締役の善管注意義務、忠実義務に基づき、業務上知り得た会社の機密につき、これをみだりに漏洩してはならない義務があることはいうまでもないし、また、《証拠略》によれば、控訴人は、その就業規則中で、従業員に対し、その業務上知り得た機密の漏洩を禁止し(就業規則四条)、これに違反して業務上の秘密を洩らし会社に損害を及ぼしたときは懲戒解雇とする旨を規定(同七四条三号)しているところでもあるが、控訴人には、その知り得た会社の営業秘密について、退職、退任後にわたつての秘密保持や退職、退任後の競業の制限等を定めた規則はないし、従業員ないし取締役が退職、退任する際に、それらの義務を課す特約を交わすようなこともしていない
 しかし、そのような定めや特約がない場合であつても、退職、退任による契約関係の終了とともに、営業秘密保持の義務もまつたくなくなるとするのは相当でなく、退職、退任による契約関係の終了後も、信義則上、一定の範囲ではその在職中に知り得た会社の営業秘密をみだりに漏洩してはならない義務をなお引き続き負うものと解するのが相当であるし、従業員ないし取締役であつた者が、これに違反し、不当な対価を取得しあるいは会社に損害を与える目的から競業会社にその営業秘密を開示する等、許される自由競争の限度を超えた不正行為を行うようなときには、その行為は違法性を帯び、不法行為責任を生じさせるものというべきである。」

 もっとも、退職に当たって合意書を作成し、その中で、秘密保持義務の対象となる営業秘密とは具体的に何を言うのか、また、これに違反した場合にはどうなるのかという点を明確にしておく方が、何の合意もない場合よりも、退職者に対する抑止力は強いと考えられます。そのため、やはり、一定の場合には競業行為の禁止とセットで、秘密保持義務を課す合意書を作成しておくべきでしょう。

 これまでにそのような合意書を作成していなかったのであれば、今後、重要な社員・役員が退職する場合には個別の合意書を必ず作成すべきですし、以下では、具体的にどのような合意書を作成すべきか、競業行為の禁止と営業秘密保持のそれぞれの部分に分けて、ポイントを解説します。

2、競業避止義務の条項、6つのポイント

 退職するに当たって合意書を作成し、競業避止義務を課す条項を検討するに当たっては、まずは、退職後の競業行為は原則として自由(職業選択の自由)であるため、無制限に競業行為を禁止することはできないという点を理解しておく必要があります。

 すなわち、合意書を作成したとしても、その内容が、元社員の退職後の選択肢を過度に狭め、元社員の不利益が大きなものとなっているような場合は、当該合意書に基づく競業避止義務は無効であると裁判所に判断される可能性が高くなります。その場合、仮に、実際に競業行為がなされ、競業避止義務違反に基づく差止請求の仮処分を申し立てたとしても、早期に、会社側にとって有利な解決(和解)をすることも困難となってしまいます。競業行為を禁止する条項が有効となるかどうかは、会社にとって重要な守るべき利益がある場合で、かつ、元社員に過度の不利益を課さない内容となっているかどうかにかかっています

 合意書に定めた競業避止義務に関する条項が有効である、すなわち、会社にとって重要な守るべき利益があり、かつ、元社員にとっても過度の不利益を課さない内容となっていると言えるための6つのポイントは、以下のとおりです。後にご紹介するように、競業避止義務の合意の有効性を判断するに当たって、裁判例でもこれらの要素が非常に重視されています。

“競業避止義務に関する条項が有効となるための6つのポイント”

  1. 退職者に競業避止義務を課す会社側の目的を明確にする
  2. 退職者が在職時に従事していた地位、業務の内容を明確にする
  3. 競業行為を禁止する地域的(場所的)な範囲を明確にする
  4. 競業行為を禁止する期間を明確にする
  5. 禁止される競業行為の範囲を明確にする
  6. 退職者に対して、何らかの代償措置を講じ得ないかを検討する

 一つ目は、会社が元社員に競業避止義務を課す目的が、会社の正当な利益を守るためであることを明らかにするものです。社員の引き抜きや機密情報の漏洩を防止するという正当な目的が会社側にあることで、合意が有効であると判断されやすくなります。

 二つ目に関しては、例えば、元社員が在職中に顧客と接触する可能性がなかった部署に所属していた場合に、当該元社員について取引先と接触することを禁止することは、あまり合理的ではなく、不必要に過度な制約になってしまいます。そのため、元社員が在職中に従事していた具体的な業務を明らかにし、一つ目の会社が守るべき利益と、五つ目の禁止される競業行為との関連性が明確であれば、有効な合意であると判断されやすくなります。

 三つ目・四つ目は、元社員の自由を過度に制約しないという観点から、会社の目的を達成するために、必要最小限の範囲にすることが求められているものです。三つ目の「地域的(場所的)範囲」に関しては、例えば、日本全国ではなく、元社員が主に営業活動を行っていた地域に限定することで、有効な合意であると判断されやすくなります。また、四つ目の「期間」に関しても、5年というような長期間ではなく、1年や2年とした方が、有効な合意であると判断されやすくなります。

 五つ目も、元社員の自由を過度に制約するのではなく、会社の正当な利益を守るために、禁止すべき行為は何か、具体的に特定した上で、必要最小限度のものとする必要があります。禁止される行為が抽象的な場合には、結局、何が禁止されているのかよくわからない、禁止の範囲が広すぎるということになるため、これを特定することが重要になります。

 最後、六つ目は、元社員が競業を禁止される結果、転職先が制限されるなど経済的な不利益を被る可能性があることに鑑みて、会社が、元社員の経済的な不利益を補償する配慮をしているかどうかというものです。不利益を補償することとしていれば、元社員の利益に配慮したものとして、有効な合意であると判断される方向に働くことになります。

【東京地方裁判所平成24年1月13日判決】
 *「原告」とは、競業行為を行った元社員を、「被告」とは、元社員が勤務していた会社を指します。
 *この裁判例は、外資系保険会社の幹部として勤務していた原告が、会社との間で、①競合他社への転職を禁じる内容の競業避止義務を負うこと、②競業避止義務に反した場合には、退職金を不支給とするという合意書を作成していた事例です。元社員が競合他社に就職したため、会社は競業避止義務違反があるとして退職金を不支給としました。これに対して、元社員が会社を被告として退職金の支給を求める訴訟を提起したものです。

「本件競業避止条項を本件転職に適用することは公序良俗に反するか否か
(1) 本件競業避止条項を定めた使用者の目的
 ・・・むしろ本件においては、競合他社への人材流出自体を防ぐこと自体を目的とする趣旨も窺われるところではあるが、かかる目的であるとすれば単に労働者の転職制限を目的とするものであるから、当然正当ではない。
 結局、本件競業避止条項を定めた使用者の目的は、正当な利益の保護を図るものとはいえない
(2) 原告の退職前の地位について
 ・・・保険商品の営業事業はそもそも透明性が高く秘密性に乏しいし、また、役員会においては、被告の経営上に影響が出るような重要事項については、例えば決算情報が3週間は部外秘とされるといった時限性のある秘密情報はあるが、原告が、それ以上の機密性のある情報に触れる立場にあったものとは認められない
(3) 競業が禁止される業務の範囲
 ・・・競業が禁止される業務の範囲については、不明確な部分もあるものの、バンクアシュアランス業務を行う生命保険会社への転職が禁止されていることは明確であった。
 しかし、原告の被告において得たノウハウは、バンクアシュアランス業務の営業に関するものが主であり(原告本人)、本件競業避止条項がバンクアシュアランス業務の営業にとどまらず、同業務を行う生命保険会社への転職自体を禁止することは、それまで生命保険会社において勤務してきた原告への転職制限として、広範にすぎるものということができる。
(4) 期間、地域の範囲
 ・・・保険業界において、転職禁止期間を2年間とすることは、経験の価値を陳腐化するといえるから(原告本人)、期間の長さとして相当とは言い難いし、また、本件競業避止条項に地域の限定が何ら付されていない点も、適切ではない
(5) 代償措置の有無
 原告の賃金は、相当高額であったものの、本件競業避止条項を定めた前後において、賃金額の差はさほどないのであるから、原告の賃金額をもって、本件競業避止条項の代償措置として十分なものが与えられていたということは困難である。」

3、効果的な営業秘密保持義務を課すためのポイント

3-1  何が営業秘密に該当するかを明確にしておくことが重要

 単に、退職時の合意書において、「会社の営業秘密を使用してはならない」と定めても、それだけでは、結局、何が「営業秘密」に該当するのかまったく不明であり、退職者が秘密保持義務を負う範囲が不明確となります。そのため、例えば、取引先に関する情報を利用されたという場合であっても、取引先に関する情報が「営業秘密」に該当するかどうかは不明と言わざるを得ず、裁判において、会社に不利な判断がなされる可能性があります。
 したがって、何が営業秘密に該当するか、明確に特定しておくことがまず重要になってきます。

 さらに、合意書において営業秘密を具体的に特定することに加えて、以下の点も重要となってきます。 

“営業秘密を明確に特定した上で、さらに留意すべき事項”

  • その情報は、実際に会社の事業にとって重要であり、かつ、社員が当該情報を外部に漏らすことがないよう秘密情報として社内において管理されていたこと
  • 秘密保持義務を課される者(退職者)が、当該営業秘密の内容を熟知し、その利用方法及び重要性を認識していること

 これらの点が、営業秘密の保持義務を課すための条項の有効性判断に当たって重要であることは、次の裁判例でも言及されています。

【東京地裁平成20年11月26日判決】
*この事例では、社員が退職するにあたって、「業務上知り得た会社の機密事項、工業所有権、著作権及びノウハウ等の知的所有権は、在職中はもちろん退職後にも他に漏らさない」という誓約書を会社に提出していました。しかし、退職した社員が、在職中に知った仕入先の情報を使用して、他社で業務を行ったことから、競業避止義務違反及び秘密保持義務違反が問題となった事案です。

 「従業員が退職した後においては、その職業選択の自由が保障されるべきであるから、契約上の秘密保持義務の範囲については、その義務を課すのが合理的であるといえる内容に限定して解釈するのが相当であるところ、本件各秘密合意の内容は、上記前提となる事実で認定したとおり、秘密保持の対象となる本件機密事項等についての具体的な定義はなく、その例示すら挙げられておらず、・・・しかも、・・原告の従業員は、本件仕入先情報が外部に漏らすことの許されない営業秘密として保護されていうということを認識できるような状況に置かれていたとはいえないのである」
 「このような事情に照らせば、・・・本件仕入先情報が本件機密事項等に該当するとして、それについての秘密保持義務をおわせることは、予測可能性を著しく害し、退職後の行動を不当に制限する効果をもたらすものであって、不合理であるといわざるを得ない。したがって、本件仕入先情報が秘密保持義務の対象となる本件機密事項等に該当すると認めることはできない。」

3-2  効果的な条項とするための工夫(違反時の退職金没収条項等)

   退職する社員が従事していた業務内容などに鑑み、退職時に、競業避止義務及び秘密保持義務を課す合意書を作成し、その中で、競業避止義務違反・秘密保持義務違反があった場合に、退職金を減額する、又は不支給とするという条項を入れることがあります。このような条項を入れる目的は、退職者がこれらに違反すれば、退職金の減額・没収という制裁がありうることを認識させ、これらの義務に違反する行為を抑止することにあります。

 退職金の減額・不支給に関するこのような条項は、退職金規程において定めることもありますが、不特定多数の従業員を対象とする退職金規程で一律に規定するよりも、事案ごとに具体的な事実関係を踏まえて、個別の合意書に盛り込むことの方が実務的には一般的なように思います。

 退職者が競業避止義務や秘密保持義務に違反した場合に、退職金の減額・不支給をするという内容ですので、退職金の減額・不支給をするには、競業禁止・秘密保持に関する約束が有効に成立し、それに違反していることが前提となります。すなわち、これまでに述べたそれぞれのポイントを踏まえて、競業避止義務・秘密保持義務の合意が有効に成立していると判断される場合に初めて、退職金の減額・不支給の合意も有効なものと判断され得ることになります。

 退職金の減額・不支給の条項は、元社員により競業避止義務に反する行為がなされる予防するためのみならず、現在進行形で、競業行為がなされている場合に、これを止めさせるという段階でも非常に有効な交渉材料となる可能性があります

4、競業行為を禁止し、営業秘密の漏洩を防止するための合意書ひな形

 社員が退職するに当たって、競業行為を予防するとともに、営業秘密の漏洩を予防するための合意書のひな形【退職時の合意書ひな形】を準備しました。こちらには、退職金の減額・不支給に関する条項も入れていますので、参考にしてみてください。

 なお、競業避止義務に関する条項の有効性は、既に述べた6つのポイントについて具体的に配慮がされているかどうかにより、大きく左右されるものですので、その点にご留意をいただきたいと思います。また、秘密保持義務に関する条項の有効性も、実際の社内での秘密管理体制の内容如何により、「本件機密情報」をどのように定義するかなど、変わってきます。 

5、まとめ

 会社の営業秘密を利用して、退職者により競業行為がなされた場合には、何よりもまず損害が拡大しないうちに早期に解決を図ることが重要ですが、元社員との間で、合理的な範囲で競業を禁止する合意をしておくことで、会社にとって有利な解決が可能となります。そのため、具体的な退職の場面において、このような合意をしておくことは決定的に重要です。

 これまで、重要な社員が退職する際に、競業避止義務・秘密保持義務に関する合意書を作成されていなかった場合には、万一の場合に備えて、今後は合意書を作成しておくべきでしょう。

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