会社から、突然、取締役を解任されたと言われたらどうしますか。しかも、それがよくわからない理由でしたらどうでしょうか。
好ましくない取締役を排除するために、適法な手続を経ずに、取締役を解任してしまうことはよくあることです。
本記事では、実際にあった事例をもとに、実際にどのようなに解決をしたかを解説をします。
なお、取締役を適法に解任する場合、解任されそうな場合の留意点については、以下の記事に詳しく記載をしていますので、参考にしてください。
Contents
1 R社の代表取締役X、取締役A、取締役Bからの相談
R社の代表取締役であるX、取締役A及び取締役Bが当事務所へ相談に来られました。
R社のY代表取締役名義で、X、A、Bの取締役を解任したので、明日から出社しなくてよい、会社の入室に必要なセキュリティカードを直ぐに返却してほしいという内容証明郵便がきたということです。
知らない間に、代表取締役がYに変わっているとともに、自分たちは解任されているので、X、A、Bは突然のことで非常に驚いているとともに、このまま、R社で働けなくなると、収入もなくなり、今後の生活をどうしてよいのかもわからず、非常に戸惑っていました。
なぜ、そうなったのか、Xから心当たりを聞いてみると、
- R社はXが100%株式を保有している会社であるが、XとYとの間で、Xが株式を担保に500万円の借入れをしており、Xが返済をしていなかったことから、Yが担保権を実行してYが100%株主になったと主張している可能性がある
- Yが100%株主として、株主総会を開催し、X、A、Bを解任し、自分と他の二人を取締役に選任したうえで、自らを代表取締役にしたのではないか
という話でした。
その後、R社の総務担当者に確認すると、X、A、B(以下「Xら」といいます。)を解任して、新たに、Yと仲の良い取締役2名(以下「Yら」といいます。)を選任し、Yを代表取締役に選任する旨の登記を申請済みであるということでした。
株式の担保権実行については根拠もなく行われており、これを口実に、Xらを排除するためのいわゆる乗っ取りの事案でした。
Xらとしては、Yらの登記手続を止めるとともに、Xらは、R社の取締役としても今後もR社の業務に携わりたいという意向でした。
2 取締役の地位を保全するための方法
2-1 取締役の地位確認の訴え、取締役の地位不存在の訴え
取締役を違法に解任された場合に争う方法としては、
- Xらが取締役の地位にあることを確認する訴え
- Yらが取締役の地位にないことを確認する訴え
の二つの方法が考えられます。
また、訴訟を行っていると時間がかかるので、Xらが取締役の地位にあること、あるいは、Yらが取締役の地位にないことの仮処分をすることができます。
2-2 どちらの方法が有利か
それでは、どちらの訴えを提起した方が有利でしょうか。
訴訟上のルールとして、立証責任というものがあります。立証できなかった場合には、どちらが敗訴するのかというルールです。
R社が原告の場合、Yらの取締役の地位がないことの確認を求めていますので、Yらが取締役の地位にあることを立証しなければなりません。
これに対し、Xらが原告になった場合、Xらが取締役の地位にあることの確認を求めていますので、Xら自らが取締役であることを立証しなければなりません。
Xらとしては、どちらの方法で争った方がよいか明らかですね。
Xらとしては、Xが代表取締役として、Yらが取締役でないことを主張して、YらにYらがと取締役であることを立証してもらう方が訴訟上有利となります。
それでは、Xらは、Yらが取締役の地位にないことを確認する訴えを提起することができるでしょうか。
2-3 誰が原告になり、被告になるかは登記を基準に決まる
どちらの訴えを選択するかは、R社の登記に基づき判断されることになります。
2-2-1 Yらの取締役選任及び代表取締役選任登記が完了した場合
Xらが解任され、新たにYが代表取締役に選任された旨の登記がされていた場合には、R社の登記上の代表取締役はYとなります。
この場合、登記上、XらはR社の取締役ではないので、Xら個人が原告、Yを代表取締役とするR社を被告として、XらがR社の取締役の地位にあることの確認の訴えを提起することになります。また、これを被保全権利として仮処分の申立てをすることになります。
この場合、Yが登記上代表取締役となりますので、対外的には、Yが代表取締役として、R社の業務執行をすることができます。
YがR社の代表取締役として、取引先に挨拶上などを送ってしまえば、XらがいくらYの選任手続が違法であると主張してもなかなか信じてもらえません。
そのため、Yが代表取締役として業務を進めないように、Yの職務執行の停止の仮処分・代行者選任の仮処分(会社法352条・917条1号)という措置をとることができます。これによると、Yの職務執行が停止され、代行者(通常は裁判所から選任された弁護士)がR社の業務執行をすることになりますので、Yらは業務執行をすることはできなくなります。
しかし、取締役の職務執行停止・代行者が登記されるため、R社において内紛が起こっていることが明るみになり、対外的な信用を失う可能性もあります。
また、裁判所より、Yの職務執行の停止の仮処分・代行者選任の仮処分の決定を出してもらうには、取締役の報酬の約6か月分の担保金を積まなければなりません。
そのため、金銭的負担も多く、事実上、仮処分の申立てをするためには、困難な場合が多い状況です。
2-2-2 Yらの取締役選任及び代表取締役選任登記が完了していない場合
Yらの取締役選任の登記がされていないければ、登記上X、A、Bが取締役であり、Xが代表取締役のままです。
そのため、XはR社の代表取締役として行為をすることができるので、R社が原告となり、Yらを被告として、Yらが取締役の地位にないことの確認の訴えを提起することができます。
しかし、前述のとおり、Yらの取締役選任及びYの代表取締役選任の登記は申請中です。
そうすると、仮にXを代表取締役とするR社が原告となって、Yらが取締役の地位にないことの確認の訴えをしたとして、登記が完了すると、Xが代表取締役ではなくなり、Yが代表取締役となってしまうため、YがR社の代表取締役として、訴訟を取り下げることができるようになってしまいます。
したがって、Yらの登記が完了していなかった場合でも、登記が完了してしまったら、訴訟提起自体、無意味なものとなってしまうので、登記が完了しないようにしなければなりません。
2-3 乗っ取り事案における法務局の運用
役員全員の解任を内容とする登記申請があった場合には、乗っ取り事案である可能性があるために、会社に連絡がなされる取り扱いになっています。
運用の詳しい内容は以下のとおりです。
【役員全員の解任を内容とする登記申請があった場合の取扱いについて(平成15年5月6日付法務省民商第1405号商事課長通知)】
近時、会社等の役員全員の解任及び新役員の就任を内容とする登記申請がされ、その登記をしたところ、当該会社等と無関係の者が当該会社を乗っ取るために議事録等をねっ造してした虚偽の申請であるとして、紛争が生じる事案が発生しております。
商業・法人登記にあっては、会社・法人の代表者が交替する場合においても、その登記については新代表者のみが申請人となる制度を採っており、また、退任の登記について退任する役員の同意書等の添付を求めるものとすることも困難であるので、上記のような事案に対応するためには、法令上定められた登記官の審査権限を的確に行使することのほか、民事保全法(平成元年法律第九一号)第二三条第二項の仮処分による救済手続の活用が必要となります。
ついては、会社・法人について、役員全員の解任を内容とする登記申請があった場合には、下記のとおり取り扱うこととしましたので、この旨貴管下登記官に周知方取り計らい願います。
記
- 会社又は法人の役員全員の解任を内容とする変更登記の申請があった場合には、速やかに、当該会社又は法人に適宜の方法で連絡するものとする。
- 解任されたとされる役員のうちのいずれかが申請書又は添付書類の閲覧を求めた場合には、届出印又は運転免許証の提示等の適宜の方法により、登記簿上の役員本人又はその代理人であることを確認した上、閲覧に応じて差し支えない。仮処分申請のため必要である等の事情が認められる場合には、適宜、申請書等の写しを交付することも差し支えない。
- 登記完了前に、解任されたとされる代表者から、当該申請に係る申請人が代表者の地位にないことを仮に定める内容の仮処分決定書等が提出された場合には、当該決定書等を本件登記申請の審査の資料とすることができる。
- 登記完了後に、解任されたとされる代表者から申請書にその者が代表者の地位にあること及び登記に係る代表者は代表者の地位にないことを仮に定める内容の仮処分決定書等を添付して(商業登記法(昭和三八年法律第一二五号)第一〇九条第二項、第一〇七条第二項本文参照)、同法第一〇九条第一項第二号の規定による当該登記の抹消の申請がされた場合には、他に却下事由がない限り、当該登記の抹消の登記をすることができる。なお、取締役等の職務執行停止及び代行者選任の仮処分命令があった場合には、その旨の登記は、裁判所の嘱託によってすることとなる(民事保全法第五六条)。
- 登記申請から相応の短期間内に、解任されたとされる代表者から仮処分の申立てを行った旨の上申書(仮処分申立書の写し添付)が提出された場合には、当該申請に係る決定等が行われるまでの間、登記が留保される
このように、取締役全員解任事案の場合には、
- 登記申請書類の閲覧が可能となる
- 仮処分決定があれば登記抹消をする
- 仮処分の仮処分の申立てを行った旨の上申書を提出すれば、決定がされるまで、登記が留保される
という取り扱いになっています。
したがって、本件事件においては、Yらの登記が申請中の段階ですので、仮処分の申立てをすれば、登記が留保されるため、Xを代表取締役とするR社が原告となり、Yらが取締役の地位にないことの仮処分を求めることができそうです。
3 法務局との交渉
3-1 当初の法務局の見解
取締役を全員解任した事案の場合には、法務局の運用により、会社に連絡がされることになっていますが、本件の事案では会社に連絡がなされることはありませんでした。
Xらが、解任されたことを知らなかったのも法務局から連絡がなかったからです。
また、Xらが登記申請の理由を法務局で聞いてもその内容については教えられない、登記申請書の閲覧もすることはできないという回答でした。
そして、Yらの登記は、全員解任の事案ではないから、仮処分の申立てをしても、登記を留保することなく、通常どおりに登記手続を進めるという回答がなされました。
法務局は、乗っ取り事案であるとは認識していなかったのです。
3-2 Xらのよる粘り強い交渉
しかしながら、Xらは登記が完了するまで諦めませんでした。
Xらは法務局に何度も訪問することにより、本件事案はYらによる乗っ取り事案であることを粘り強く伝えました。
法務局の担当者もXらの状況を理解するようになり、Yらの取締役選任及び代表取締役選任の登記がなされる前日に、以下の回答を得ることができました。
- X、Aは任期満了による退任登記として申請されており、Bのみが解任として登記申請されている
- 本来であれば、乗っ取り事案における運用には該当しないが、実質的には全員解任事案と変わらないので、明日までに仮処分の申立てがなされれば、運用5に従い、登記を留保する
- 現時点で、登記申請書を閲覧させることはできないが、仮処分が受理されたら、登記申請書を閲覧を許可する
X、Aが任期満了による退任登記として申請されていたのは、R社では、XとAの取締役の任期が満了であったにもかかわらず(取締役の任期は2年)、重任登記をしていなかったことから、解任をする必要はなく、任期満了による退任登記をすれば足りたからからです。これに対し、Bは、XやAよりもあとから取締役に選任されており、任期がまだ残っていたことから解任をしていました。
そのため、法務局は、当初、全員解任事案ではないので、乗っ取り事案には該当しないと判断して、通常どおりに登記手続を進めていましたが、Xらの説明により、実質的には全員解任事案と変わらないので、仮処分の申立てがなされれば、登記を留保するという見解に変わりました。
4 Yらが取締役の地位にないことの仮処分の申立て
Xらの粘り強い交渉の結果、仮処分の申立てをすれば、Yらの選任登記が留保されることが確定しましたので、Xらは、R社を原告(申立人)として、Yらを被告(被申立人)として、Yらが取締役の地位にないことの仮処分の申立てを行いました。
申立ての理由については、登記申請書の閲覧をすることはできなかったので、法務局から口頭で教えてもらったことを推測して、記載をしました。
登記完了する日の朝、東京地方裁判所に仮処分申立書を持ち込み、裁判所の受付印を押印してもらった後、そのまま法務局へ直行しました。
法務局の方で、仮処分の申立ての受理が確認できたということで、登記が留保になりました。
登記完了の直前だったので、まさにぎりぎりの対応でした。
また、この段階で、Yらの登記申請書の閲覧謄写が認められました。
予想どおり、Yが100%株主として、株主総会を開催して、Yらを取締役を選任していました。
5 仮処分における審尋
仮処分における審尋においては、我々が、株主総会手続が適法に行われいないことを指摘すると、Yらは改め、株主総会を開催して、Yらが取締役に選任されていることを主張しました。
しかしながら、本件においては、YがR社の株式100%を適法に取得したかどうかが争点となっています。
2-2で説明したとおり、Yが適法に取締役に選任されて、取締役の地位にあることを主張立証する必要があり、そのために、YがR社の株式100%を適法に取得したことを主張・立証しなければならない状況でした。
このような状況を踏まえ、裁判官からも、XとYのいずれがR社の株式100%を取得したことを、仮処分という審尋のなかで判断することは難しいという見解が示され、現状維持(登記上のXらが取締役)、すなわち、Xらの仮処分の申立てを認めるという見解が示されました。
要するに、Yらが取締役に適法に選任されたことを仮処分の中で認定することは難しいから、Yらが取締役の地位にあることを判断することはできないということです。
裁判所からはこのような見解が示されたことから、その後、Yらとの間で和解交渉が行われ、最終的には、Xらが取締役としてR社に残り、YらはR社から退くという内容の和解が成立しました。
9月末に仮処分の申立てを行い、その後、2回の審尋を経て、翌1月に和解成立となりましたので、解決まで約3か月かかったことになります。
Xらは、現在もR社の取締役として働いています。
6 まとめ
以上が実際にあった事件の概要です。
乗っ取り事案(取締役を全員変更する事案)の場合には、登記がされないことが重要です。
登記がされなければ、仮処分、訴訟を有利に進行させることができます。
なお、乗っ取り事案ではなく、取締役のうちの1人が解任された場合には、全員解任事案ではありませんので、会社が原告となって仮処分の申立てをしても、登記が留保されることはありません。
この場合には、解任された取締役が原告となり、会社に対し訴訟提起をすることが通常の流れになります。