あなたの会社が不動産の管理や賃貸をしている場合、テナント(賃借人)が賃料の支払いを怠る事態に必ず遭遇します。賃料の不払いが続くようであれば、賃貸借契約を解除した上で、建物を明け渡してもらう必要があります。
そのためには、まず、テナントと交渉をすることになりますが、建物を出ていくこと自体は仕方ないと認めている場合が多くあります。
しかし、そのようなテナントが、「いついつまでには明け渡します」と口約束をしていても、その日に建物を明け渡してくれなければ、結局、訴訟を提起しなければなりません。訴訟を提起して、ようやく判決を得て、はじめて強制執行をすることができるのですが、当然、それまでに時間も手間もかかりますし、その間の賃料をどのように回収するかという問題も残ります。
このようにテナントが賃料を滞納している一方、近いうちに建物を出ていくこと自体は認めているような場合、即決和解という制度を利用することで、早期に強制的な明渡(強制執行)を実現することが可能となります。この記事では、建物の明渡を早期に強制的に実現する手段としての即決和解について、具体的な申立方法を踏まえて解説をします。是非、参考にしてください。
Contents
1、即決和解は建物の明渡に最も適した手段
1-1 即決和解とは
即決和解とは、民事訴訟法上「訴え提起前の和解」とされているものであり(民事訴訟法275条)、当事者間において紛争を解決するための道筋が既にできているときに、当事者双方が裁判所に出頭して、裁判所の関与の下で和解をするという制度です。即決和解の制度は、当事者間での紛争解決に関する約束を、裁判所の下で和解という手続で行うというものであり、訴訟とは異なります。
民事訴訟法275条1項 民事上の争いについては、当事者は、請求の趣旨及び原因並びに争いの実情を表示して、相手方の普通裁判籍の所在地を管轄する簡易裁判所に和解の申立てをすることができる。同条2項 前項の和解が調わない場合において、和解の期日に出頭した当事者双方の申立てがあるときは、裁判所は、直ちに訴訟の弁論を命ずる。この場合においては、和解の申立てをした者は、その申立てをした時に、訴えを提起したものとみなし、和解の費用は、訴訟費用の一部とする。同条3項 申立人又は相手方が第一項の和解の期日に出頭しないときは、裁判所は、和解が調わないものとみなすことができる。同条4項 第一項の和解については、第二百六十四条及び第二百六十五条の規定は、適用しない。
1-2 建物の明渡に関して即決和解を利用すべき理由
賃料を滞納しているテナントとの間で、「いついつまでには明け渡します」という口頭での合意ができている場合に、この即決和解を利用すべき理由は次のとおりです。
“なぜ即決和解を利用するか?”
- テナントが口約束を守らない場合、訴訟を提起しなければならない
テナントが口約束を守らなかった場合、最終的には、建物明渡請求訴訟を提起して、判決を得た上で強制執行をする必要がありますが、時間も費用も掛かります。 - 即決和解は、申立てから和解成立までの期間が短い
簡易裁判所に即決和解の申立てをすると、早ければ、申立てから2か月足らずで和解が成立します。 - 即決和解の和解調書により強制執行ができる
和解調書さえあれば、仮に、テナントが約束の期日までに建物を明け渡さない場合、建物明渡の強制執行をすることができます(民事執行法22条7号、民事訴訟法267条)。 - 約束した期日までに明渡がなされることが期待できる
期日までに明渡をしなければ、強制執行をされるので、単なる口約束の場合と異なり、テナントに対して、期日までに明渡すことへの強いプレッシャーを与えることができます。そのため、実際には強制執行まで進むまでもなく、任意に明渡がなされることも多いと言えます。
- 建物明渡の強制執行には、公正証書は使えない
【売掛金の回収を徹底解説】売掛金を確実に回収する方法ー交渉編で、裁判をしないで売掛金を回収する方法として、公正証書を紹介しました。公正証書があれば、訴訟をしなくても直ちに強制執行をすることができますが、これは、売掛金などの金銭の支払いを内容とするものに限られ、不動産の明渡に関しては、公正証書により強制執行をすることはできません(民事執行法22条5号)。
民事執行法22条 強制執行は、次に掲げるもの(以下「債務名義」という。)により行う。
同条5号 金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されているもの(以下「執行証書」という。)
同条7号 確定判決と同一の効力を有するもの(第三号に掲げる裁判を除く。)民事訴訟法267条 和解又は請求の放棄若しくは認諾を調書に記載したときは、その記載は、確定判決と同一の効力を有する。
2、即決和解の具体的な手続
2-1 即決和解の申立てまで
2-1-1 テナントとの交渉
即決和解を申し立てる前提として、賃料の滞納をしているテナントに対して、賃料の支払いを催告し、その上で内容証明郵便により賃貸借契約を解除する旨の通知をすることになります。
その上で、いつまでに明渡をするのかについてテナントと交渉をし、具体的な明渡の期日等、次に紹介する「和解条項(案)」に記載すべき内容について、予め協議をしておく必要があります。
2-1-2 即決和解の申立書の作成
以上を前提に、即決和解(訴え提起前の和解手続)の申立書を作成しますが、これについては、次の裁判所のウェブサイトで申立書のひな型を入手できます。
作成すべき書類は、①申立書、②当事者目録、③和解条項案、④物件目録ですが、いずれも上記ウェブサイトからダウンロードできますので、必要事項を記入していきましょう。
裁判所ウェブサイト(即決和解)
2-1-3 添付すべき資料・費用
添付資料・費用については、上記裁判所のウェブサイトに記載があります。
ただし、郵便切手等の費用については、事前に申立先の簡易裁判所に電話で確認をしておいた方がいいでしょう。
2-1-4 即決和解申立書の提出先(管轄)
以上の準備ができたら、申立書を簡易裁判所に郵送で送付します。
2-1-4-1 管轄裁判所(原則)
どこの簡易裁判所に申立てをするかは、原則として、「相手方の普通裁判籍の所在地を管轄する簡易裁判所」とされています(民事訴訟法275条1項)。すなわち、相手方であるテナントが法人(会社)であれば、その本店所在地を管轄する簡易裁判所となりますが(民事訴訟法4条4項)、具体的にどこの地域の簡易裁判所が管轄を有するかは、裁判所ウェブサイト(管轄区域)を参考にしてください。
例えば、東京都武蔵野市の吉祥寺に本店があるテナントが相手方の場合、武蔵の簡易裁判所が原則として管轄裁判所となります。
2-1-4-2 一刻も早く即決和解をしたい場合
裁判所のウェブサイトにより、管轄を有する簡易裁判所を調べた後は、当該簡易裁判所に電話をしてみて、「これからすぐに申立てを行えば、いつ頃、和解期日が開かれるか」を確認をしてみるといいでしょう。東京都心部の簡易裁判所の場合、事件数が多く、和解期日の開催が2~3か月先等になることもあります。和解期日が開かれなければ、即決和解ができませんので、より迅速に進めたい場合には、必ずしも適さないことがあります。
その場合には、各地の簡易裁判所に電話で確認をしてみるといいでしょう。東京都心部よりも、かなり早めのスケジュールでで和解期日が開かれるところもあります。もっとも、本来の管轄裁判所以外の簡易裁判所に申立てをする場合には、このような管轄合意書を添付して申し立てる必要があります。